愛されたかった自分―親への嫉妬が教えてくれる未完の感情

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⬜︎目次⬜︎

  1. 1章 兄弟姉妹への嫉妬
  2. 2章 親の愛情への渇望
  3. 3章 大人になった今できること
  4. まとめ

歳を重ねても、ふとした瞬間に心がざわつくことがあります。実家に帰ったとき、親が兄弟の話ばかりするとき。兄弟の幸せそうな写真を目にしたとき。あるいは、友人が親との温かいエピソードを語るとき。

「もう大人なのに、こんなことで」と自分を責めながらも、胸の奥に広がる重苦しい感情。それは、嫉妬という名前をつけるのも憚られるような、複雑で言葉にし難い感情です。

けれど、その思いの正体は、実はとてもシンプルです。「愛されたかった」ーただそれだけなのです。子どもの頃、十分に愛されなかった。あるいは、愛されていたとしても、それを感じることができなかった。その満たされなさが、今でも心の奥底でくすぶり続けているのです。

親への嫉妬、兄弟姉妹への嫉妬。それは恥ずかしい感情でも、幼稚な感情でもありません。長い間押し込めてきた子ども時代の自分が、「つらいよ」と訴えている声なのです。

1章 兄弟姉妹への嫉妬

兄弟への嫉妬は、多くの人が経験しながらも、口に出すことをためらう思いです。特に、真面目に生きてきた人ほど、「兄弟を妬むなんて」と自分を責めてしまうかもしれません。けれど、その思いの奥には、子ども時代の深い傷が隠れています。

「お姉ちゃんだから我慢しなさい」と言われ続けた長女。「下の子の面倒を見るのは当たり前」と、自分の気持ちを後回しにされた経験はありますか。弟や妹が生まれたとき、親の関心がそちらに向いて、急に「いい子」であることを求められた記憶。

あるいは、「お兄ちゃんはしっかりしているのに」「妹は素直でいいわね」と比較され続けた日々。どんなに頑張っても、親の目は別の兄弟に向かっているように感じられた寂しさ。

子どもにとって、親の愛は生きるために必要な、空気のようなものです。その愛が兄弟に向かっているように感じるとき、子どもの心には「自分には価値がないのでは?」という怖れが生まれます。そして、その恐れを打ち消すために、「もっと頑張ろう」「もっといい子になろう」と必死になるのです。

真面目に努力してきたあなたの背後には、もしかしたら、こうした子ども時代の体験があるかもしれません。親に認められるために、兄弟よりも優れていることを証明するために、ずっと走り続けてきた。けれど、どれだけ結果を出しても、心は満たされない。なぜなら、本当に欲しかったのは「成果」ではなく、「そのままのあなたでいい」という無条件の愛だったのです。

歳を重ねた今も、兄弟の話題が出ると心がざわつくのは、その未完の感情が癒やされていないからです。親が兄弟を褒めると、子ども時代の「自分は愛されていない」という感覚が蘇ってくる。兄弟が幸せそうにしていると、自分だけ取り残されたように感じる。

けれど、大切なのは、その感情を責めないことです。「もう大人なのに」と自分を責めるのではなく、「ああ、私の中の子どもが、まだ愛されたいと言っているんだ」と気づくこと。その子ども時代の自分に、優しく寄り添うことが、癒しの第一歩なのです。

2章 親の愛情への渇望

親への嫉妬はもっと複雑です。なぜなら、それは「親を愛している」という気持ちと「親に認められなかった」という悲しみが混ざり合った思いだからです。

親のレールに沿って生きてきた人は、表面的には親との関係が良好に見えます。親の期待に応え、親を喜ばせるために努力してきた。けれど、その努力の背後には、「こうすれば愛してもらえる」という条件付きの愛への渇望があるのです。

「いい成績をとれば褒められる」「言うことを聞けば認められる」「手のかからない子どもでいれば愛される」ーそうやって、条件を満たすことで愛情を得ようとしてきた。けれど、心のどこかでは疑問が渦巻いていた。「本当の自分は愛されないのだろうか?」

親への嫉妬は、さまざまな形で現れます。

他の家族が親と仲良くしているのを見ると、複雑な気持ちになる。友人が親から無条件に愛されているのを見ると、羨ましくなる。「親は私を理解してくれなかった」、「親を責めてはいけない」という思いの間で、心が引き裂かれる。

そして、この渇望は、大人になってからの人生にも影響を及ぼします。

上司や先輩、パートナーにさえ、無意識のうちに親の代わりを求めてしまう。認められたい、褒められたい、愛されたいーその渇望が強すぎて、自分を見失ってしまう。どんなに努力しても満たされないのは、実は相手から愛を得ようとしてるのではなく、子ども時代に得られなかった愛を、今になって求めているのです。

親の愛情への渇望を認め、「子どもの頃の私は、もっと愛されたかった」と言う事実を受け入れることです。その事実を認めると、あなたは次のステップに進むことができるのです。

3章 大人になった今できること

では、歳を重ねた今、私たちに何ができるのでしょうか。過去を変えることはできません。子ども時代に戻って、もう一度親に愛されることもできません。けれど、大人になった今だからこそ、できることがあるのです。

まず、子ども時代の自分の思いを、しっかりと認めてあげることです。

「愛されたかった」「認められたかった」「もっと見て欲しかった」ーそんな気持ちを、「甘えだ」と切り捨てるのではなく、「そうだったね、辛かったね」と受け止めてあげる。それは、インナーチャイルドを癒す作業です。

あなたの中には、まだ傷ついた子どもの自分がいます。その子はずっと愛されるのを待っています。大人になったあなたが、その子に寄り添い、「大丈夫だよ、私がそばにいるよ」と伝えてあげること。それが最初にできることです。

次に親への期待を手放すことです。

これは冷たいことではありません。むしろ、親を一人の不完全な人間として認めることです。親も、完璧ではなかった。親も自分の人生に精一杯だった。親も、愛し方が分からなかったのかもしれません。

その事実を受け入れることで、あなたは「親から愛されること」を諦めるのではなく、親から愛されなければ幸せになれない」と言う呪縛から解放されるのです。親の承認がなくても、あなたには十分に価値がある。親が理解してくれなくても、あなたは幸せになれる。その許可を自分に与えることができるのです。

そして、自分で自分を愛する練習を始めましょう。

これまで、他者からの承認を求めて生きてきたあなた。親から、上司から、パートナーから、社会から。けれど、本当に必要なのは、自分の承認なのです。

毎日、自分に優しい言葉をかけてあげてください。「今日もよく頑張ったね」「疲れているね、休んでいいよ」「そのままのあなたで大丈夫だよ」ーそんな言葉を心の中で繰り返しましょう。

最初は、ぎこちなく感じるかもしれません。けれど、続けていくうちに、不思議と心が柔らかくなっていくことに気づくはずです。それは、長い間放置されていた子どもの自分が、ようやく愛されていると感じ始めるからなのです。

まとめ

子ども時代、十分に愛されなかったかもしれません。けれど、これからの人生で、自分を愛し、大切にすることはできます。親から得られなかった無条件の愛を、自分に与えることができるのです。

そうやって自分を満たしていくと、他人への嫉妬が減っていきます。兄弟が幸せでも、脅威に感じることがなくなります。他人が親と仲良くしていても、羨ましいと思わなくなります。

なぜなら、あなたの心が満たされるからです。子ども時代の渇きが癒やされていきます。

愛されたかった自分を認めることは、弱さを認めることではありません。未完の感情に向き合い、そこから自由になることです。

もう、親の承認を待つ必要はありません。兄弟と比べる必要もありません。大人になった今、あなたには自分を愛し、癒し、幸せにする力があるのです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

山田 結子

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