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⬜︎目次⬜︎
ふと襲ってくる「私とはなんだろう」
これまで一生懸命やってきたことが一区切りついたとき。長年続けてきた仕事を辞めたとき。ずっと打ち込んできたプロジェクトが終わったとき。ふと、心にぽっかりと穴が開いたような感覚に襲われることがあります。
「これからどうしよう」という不安とは少し違う。むしろ、「私は何のためにここにいるんだろう」「私って何なんだろう」という、もっと根本的な問いが湧いてくる。頭では「次のステージに進めばいい」とわかっているのに、心が追いつかない。この感覚が、空虚感です。
特に、長年ある役割を担ってきた人ほど、その役割を失ったときの空虚感は深くなります。仕事人間だった人が定年を迎えたとき。責任ある立場から離れたとき。自分を定義していた肩書きや役割がなくなると、「自分とは何か」がわからなくなってしまうのです。
今回は、役割を失ったときに感じる空虚感について、その心理的なメカニズムと、その奥にあるメッセージについて考えていきましょう。
1章 「役割=自分」になっていた
空虚感が生まれる大きな理由のひとつは、「役割」と「自分」が一体化していたことにあります。私たちは社会の中で、さまざまな役割を担っています。会社員、管理職、チームリーダー、専門家。その役割を通じて、社会とつながり、価値を提供し、認められてきました。そしていつの間にか「〇〇としての自分」がアイデンティティそのものになっていたのです。

例えば、30年間同じ会社で働いてきた人が定年退職したとき。会社での肩書きや立場が、その人の自己像の大部分を占めていたとしたら、それを失うことは「自分の一部が消える」ような体験になります。名刺がなくなる、部下がいなくなる、毎日の予定がなくなる。その全てが、「私は誰なのか」という問いを突きつけてきます。
あるいは、大きなプロジェクトを率いてきたリーダーが、そのプロジェクトが終わったとき。達成感があるはずなのに、なぜか虚しさを感じる。それは、「プロジェクトリーダーとしての自分」が自己価値の源泉になっていたからかもしれません。
役割を演じている間は、「自分は価値がある」「必要とされている」という感覚がありました。でも、その役割がなくなると、突然その土台が崩れる。「役割のない自分」に価値があるのかわからなくなるのです。
2章 承認の源が消えたとき
空虚感のもう一つの正体は、「承認の喪失」です。役割を担っていると、その役割を通じて他者から認められます。「さすがですね」「頼りになります」「あなたがいてくれて助かります」。そうした言葉が、自分の存在意義を確認させてくれました。
しかし、役割を失うと、こうした承認も同時に失われます。誰も自分に何も求めてこない。頼られない。必要とされない。その状態に直面したとき、「自分には価値がないのでは」という不安と空虚感が襲ってくるのです。

これは、インナーチャイルドの問題とも深く関わっています。子どもの頃、「何かができる自分」「役に立つ自分」でいることで親から愛されてきた。成績がいい、いい子でいる、期待に応える。そうすることでしか、自分の価値を認めてもらえなかった。
その延長で、大人になっても「何かをしている自分」「誰かの役に立っている自分」でなければ価値がないと感じてしまうのです。役割は、自分の存在を正当化する手段だったのかもしれません。
だから、その役割を失うことは、存在意義そのものを失うような怖れを伴います。「何もしていない自分」「誰の役にも立たない自分」には、生きている資格がないのではないか。そんな無意識の思い込みが空虚感となって現れるのです。
3章 「忙しさ」という名の麻酔が切れるとき
役割を担っている間は、常に忙しく動いています。やるべきことがあり、スケジュールが埋まり、考えることがたくさんある。その忙しさが、実は心の空虚感から目をそらす「麻酔」のような役割を果たしていたのかもしれません。
忙しい間は、「自分は何のために生きているのか」「本当に望んでいることは何か」という根本的な問いと向き合わずに済みます。目の前のタスクをこなすことで、充実感や達成感を得られます。それが、深い部分にある満たされなさを覆い隠してくれていたのです。
ところが、役割を失って時間ができると、その麻酔が切れてしまいます。やることがない。求められることがない。静かな時間の中で、ずっと見ないようにしてきた心の奥底が見えてきてしまう。

「本当は、私は何がしたかったんだろう」「これまで、自分のために生きてきただろうか」「誰かの期待に応えることばかりで、自分の心の声を聞いてきただろうか」。そうした問いが、一気に噴き出してくるのです。
空虚感はずっとそこにあったのかもしれません。ただ、忙しさに紛れて、気づかないようにしてきただけ。役割を失うことは、その空虚感と初めて正面から向き合う機会でもあるのです。
4章 空虚感とどう向き合い、自分を取り戻すか
空虚感は、つらく苦しいものです。できれば感じたくないし、早く消えてほしいと思うでしょう。でも、この感覚には大切なメッセージが込められています。
空虚感は、「これまでの生き方を見直す時期がきましたよ」というサインです。役割に依存した自己価値から、「ありのままの自分」への転換を促しているのです。「何かをしている自分」ではなく、「ただ存在している自分」に価値があると気づくこと。誰かの期待に応えなくても、何かを成し遂げなくても、あなたはすでに十分に価値がある存在なのだということ。空虚感は、そのことに気づくための入り口なのです。
また、空虚感は「本当の自分と出会い直す」チャンスでもあります。これまで役割に隠れて見えなかった、あなた自身の欲求や感情、価値観。「〇〇としての自分」ではなく、「ひとりの人間としての自分」は何を感じ、何を望んでいるのか。役割を失った今だからこそ、その問いに向き合えるのです。

では、具体的にどう向き合えばいいのでしょうか。まず、空虚感を無理に埋めようとしないことです。すぐに次の役割を探したり、忙しさで埋めたりするのではなく、まずはこの感覚をそのまま感じてみましょう。「ああ、今、空虚を感じているんだな」と、ただ気づく。それだけでいい。その感覚を否定せず、急いで解決しようともせず、そこにあることを許してみてください。
次に、自分に問いかけてみましょう。「この空虚感の奥には、何があるんだろう?」「本当は、私は何を感じているんだろう?」。答えはすぐには出ないかもしれません。でも、問い続けることで、少しずつ自分の本音が見えてきます。
そして、小さなことから「自分のため」の時間を持つこと。誰かの役に立つためではなく、ただ自分が楽しい、心地よい、やりたい。そんな理由で何かを選んでみてください。散歩、読書、ぼんやりすること。何でもいいのです。
役割を失った空白の時間は、実は「自分を取り戻す」ための贈り物かもしれません。これまで他人や社会の期待に応えてきたあなたが、初めて自分と向き合える時間。その中で、役割に頼らない「素の自分」をゆっくりと見つけていきましょう。
空虚感は終わりではなく、始まりです。「役割としての自分」から「ありのままの自分」へ。その移行期の、自然な感覚なのです。焦らず、自分のペースで、この時期を過ごしてください。あなたという存在そのものが、すでに価値があることに、いつか必ず気づける日がきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
山田 結子
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