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⬜︎目次⬜︎
- 1章 「ダメな自分」を受け入れるのが、なぜこんなに怖いのか
- 2章 自己否定が生み出す、終わらない努力のループ
- 3章 自己理解という、もう一つの選択肢
- 4章 怖れの向こうにある、本当の自由
- 5章 自己成長に自己否定はいらない
1章 「ダメな自分」を受け入れるのが、なぜこんなに怖いのか
「すぐに泣いてしまう自分は子供っぽい」「こんなことで感情的になる自分は情けない」――そんな自己否定の声が心の中で響いていませんか。
そして、その声に気づいたとき、「そんな自分も受け入れよう」と思ってみても、強烈な怖れが湧いてくることがあります。体が硬直するような感覚、胸が締め付けられるような感覚。まるで、このまま自分を受け入れてしまったら、何もかもが崩れ落ちてしまうような、そんな不安を感じるのです。

「受け入れたら、もっとダメになってしまうのでは」「感情をコントロールできなくなってしまうのでは」――そう感じるのも無理はありません。なぜなら、これまであなたを「しっかりさせてきた」のが、まさにその「自己否定」だったからです。
自分は感情的すぎるから、もっと抑えなければならない。自分は弱いから、強くならなければならない。そんな思いで、ずっと感情を押し込めてきたのかもしれません。だからこそ、自己否定を手放すことは、自分の存在そのものを支えてきたものを失うように感じられるのです。
でも、本当はそうではありません。自己否定を自己理解に変えることは、あなたをダメにすることではなく、むしろ本来のあなたらしさを取り戻すことなのです。
2章 自己否定が生み出す、終わらない努力のループ
「すぐ泣いてしまう自分は子供っぽくてダメだから、感情を抑えなければならない」――この思考パターンをよく見てみると、不思議な構造が見えてきます。
スタート地点が「ダメな自分」であるため、どれだけ感情を抑え続けても、根本にある「ダメ」という評価は変わりません。うまく涙を堪えられた日は「今日はなんとか抑えられた」と安堵しますが、それは「感情的な自分」を一時的に隠せただけ。少しでも涙が出そうになれば、すぐに「やっぱり自分は弱い」という思いに引き戻されます。
このループの中では、努力は決して終わりません。なぜなら、努力の目的が「感情的な自分を克服すること」になっているからです。そして、この「感情的な自分」という前提が消えない限り、いくら我慢しても心は満たされず、安心することもできないのです。
さらに厄介なのは、このメカニズムが無意識のうちに働いていることです。「我慢しているのに、なぜか楽にならない」「抑えても抑えても、また涙が出そうになる」――そんな感覚があるなら、もしかすると自己否定が動機の根っこにあるのかもしれません。
こうした努力は、本当はあなたが望んでいることではなく、「感情的な自分を否定し続けるため」のものになってしまっているのです。
3章 自己理解という、もう一つの選択肢
では、自己否定ではなく、自己理解から出発するとはどういうことでしょうか。
それは、「すぐ泣いてしまう自分はダメ」ではなく、「私は感受性が豊かで、感情が動きやすいタイプなんだ」と、事実をありのままに認めることです。
この違いは、とても大きいものです。「感情が動きやすい」というのは、善悪の問題ではなく、個人差なのです。それは同時に、人の痛みに共感できる優しさや、物事を深く感じ取れる豊かな感性でもあります。そこに「ダメ」というジャッジを加える必要はありません。

そして、この事実を受け入れたとき、初めて「では、どうするか」を自分で選べるようになります。感情が動きやすいなら、無理に抑え込まなくてもいいかもしれない。あるいは、涙が出そうなときは一度その場を離れるとか、信頼できる人に話を聞いてもらうとか、自分に合ったやり方を工夫できます。
自己理解から出発すると、努力の質が変わります。「感情的な自分を直すため」ではなく、「自分がより心地よく生きるため」の選択になるのです。
4章 怖れの向こうにある、本当の自由
それでも、自己否定を手放すのは怖いものです。
「受け入れてしまったら、感情をコントロールできなくなるのでは」――この怖れは、とても自然なものです。なぜなら、自己否定があなたを「しっかりさせてきた」から。それを手放したら、感情に振り回されてしまうのではないか、周りから未熟だと思われるのではないか、という不安が湧いてくるのです。
でも、実際に自己否定を受け止めて、自己理解に変えていくと、不思議なことが起こります。今まで「抑えなければならない」と我慢し続けていた感情の中から、「本当はこれを感じていたんだ」という自分の本心が見えてきます。そして同時に、「この涙は、私が大切にしているものがあるからこそ出てくるんだ」という、感情の意味にも気づけるようになります。
「泣いてはいけない」ではなく、「涙が出るのは、私が心を動かされたからなんだ」。この違いは、反応は同じでも、心の状態は全く異なります。前者は苦しさを伴いますが、後者は自分への優しさを感じながら受け止められます。
自己否定を自己理解に変えることは、あなたをダメにするどころか、本当の意味で自由にしてくれるのです。そして、自分を理解し受け入れることで、もっと楽に、もっと自分らしく生きられるようになります。
5章 自己成長に自己否定はいらない
「自分を成長させるには、厳しく自分を見なければならない」――そう信じている人は、少なくありません。でも、本当の自己成長は、自己否定からは生まれません。
自己否定に基づく成長は、いつまでも「感情的な自分」を前提にしています。どれだけ我慢しても、「まだ弱い」「もっと強くならなければ」という焦りが消えることはありません。

一方、自己理解に基づく成長は、「今の自分」を受け入れた上で、「こうなりたい」という方向に進んでいくものです。それは、欠けているものを埋めるのではなく、自分の特性を活かしていく感覚です。
苦しみながら我慢するのではなく、自分を理解しながら成長できる。自分を責めるのではなく、自分を大切にしながら前に進める。そんな生き方が、自己理解から始まるのです。
自己否定を自己理解に変える道のりは、一歩ずつ進むものです。最初は怖れを感じるかもしれません。「こんな自分を受け入れていいのだろうか」と不安になるかもしれません。
でも、その一歩を踏み出したとき、あなたは気づくでしょう。自分を責めなくても、ちゃんと生きていける。あなたは、感情的だからと我慢する必要はありません。あなたの感受性は、そのままで十分なのです。そして、そこから始まる成長こそが、本当の意味で豊かなものになるのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
山田 結子
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