「自分がわからない」あなたへ――感じることから始める、自分との出会い方

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⬜︎目次⬜︎

  1. 1章 「自分がわからない」という感覚の正体
  2. 2章 なぜ「自分」が見えなくなったのか?
  3. 3章 「自分」を取り戻す第一歩――まず、感じることから始めよう
  4. 4章 小さな「これがいい」を積み重ねていく
  5. 5章 「自分」は、毎日の感覚の中に宿っている

「あなたらしく生きてね」と言われて、戸惑うことはありませんか。「自分らしさって何?」と聞かれても、答えが見つからない。「何が好き?」と聞かれても、「何でもいい」と答えてしまう。レストランでメニューを選ぶのも、休日の過ごし方も、「どうしたいか?」がわからなくて、誰かの意見に流されてしまう。そして後になって、「あれ、私は本当にやりたかったことなのかな?」とぼんやり思う――。

もし、あなたがこんな感覚を抱えているなら、「自分という感覚」を育てる機会がなかったのかもしれません。今回は、その感覚を少しずつ取り戻していく方法を、一緒に考えてみましょう。

1章 「自分がわからない」という感覚の正体

「自分らしさ」「自分の好き嫌い」「自分がどうしたいか」――これらがわからないという感覚は、決して珍しいものではありません。むしろ、多くの人が静かに抱えている悩みです。

友人と食事に行くとき、「何を食べたい?」と聞かれて「何でもいい」と答える。食べたいものがないわけではなく、本当に「わからない」のです。服を選ぶときも、休日の予定を立てるときも、「どうしたいか」という感覚が霧の中のようにぼんやりしています。

あるいは、他人の意見に流されやすいと感じていませんか。誰かに「これがいいよ」と言われ、「そうだね」と答える。その瞬間はそう思えているのに、後になって「これで本当に良かったのか?」というモヤモヤが残る。でも、では何が良かったのかと問われると、答えが出てこない。

「空っぽな感じがする」と感じている人もいます。他の人は自分の好きなことや大切なことを語れるのに、自分にはそれがない。まるで中身のない器のような感覚。誰かの色に染まることはできるけれど、自分の色がわからないような気持ち。

この感覚の正体は、「自分という感覚を育てる機会がなかった」ことにあるのかもしれません。あなたが怠けていたわけでも、努力が足りなかったわけでもありません。ただ、その感覚を育てる土壌が、人生の中に不足していただけなのです。

2章 なぜ「自分」が見えなくなったのか?

では、なぜ「自分という感覚」が育たなかったのでしょうか。多くの場合、その理由は幼少期の環境にあります。

「あなたはどう思う?」と聞かれる機会が少なかった家庭で育つと、自分の意見や感情を言葉にする練習ができません。代わりに「お母さんはこう思う」「普通はこうするもの」という答えが先に提示される。正解を与えられ続けると、子どもは自分で考えることをしなくなっていきます。

「いい子」でいることが優先される環境では、自分の感情や好みよりも「周りの期待に応えること」が重要になります。「本当はこれが嫌だ」と思っても、それを表現すると怒られたり、悲しまれたりする。だから、自分の感情に蓋をして、「何でもいい」「大丈夫」と答えることが習慣になっていきます。

感情や好みを否定された経験も影響します。「そんなことを思ってはいけない」「それは好きになってはいけない」と言われ続けると、自分の内側から湧き上がる感覚を信じられなくなります。「私が感じていることは、間違っているんだ」という不安を抱えるようになり、やがて自分の感覚にアクセスすること自体を、無意識に避けるようになっていくのです。

こうして「自分」よりも「周りに合わせること」が優先される環境の中で、自分という感覚を育てる土壌は失われていきます。それはただ、当時のあなたにとって、そうすることが「必要なこと」だったからです。あなたのせいでは、ありません。

3章 「自分」を取り戻す第一歩――まず、感じることから始めよう

では、どこから始めればいいのでしょうか。いきなり「自分らしさを見つけよう」と頑張らなくても大丈夫です。まずは、「感じる」ことから始めましょう。

「自分がわからない」人に必要なのは、頭で考えることではなく、身体で感じることです。理屈や理由は後回しでいい。「好き」か「嫌い」か、「心地よい」か「不快」か――そんなシンプルな感覚に、そっと意識を向けてみることです。

例えば、最近食べたもので「美味しい」と感じたものはありましたか。朝のコーヒーの香り、昼のサンドイッチのパンの食感、夜の温かいスープの味。どんなに小さなことでも構いません。「これ、美味しいな」と感じる瞬間に気づいてみましょう。

持っている服の中で「心地よい」と感じるものはどれですか。生地の柔らかさ、袖の感触、色の好み。「今日はこの服を着たい気分ではない」という違和感もまた、立派な感覚です。そういったものに意識を向けてみましょう。

家の中で「落ち着き」を感じる場所はありますか。部屋の明るさ、窓から見える景色、聞こえてくる音。窓を開けた直後に頬を撫でる風の感触に、ふと意識を向けてみましょう。

もし「よくわからない」と感じても、焦る必要はありません。感覚は、意識を向けて使い続けることで、少しずつ回復してくるものです。わからないことを責める必要は、まったくないのです。

4章 小さな「これがいい」を積み重ねていく

感覚に気づく練習に慣れてきたら、次は「これがいい」を意識する練習です。正解を探すものではないので、何を選んでも不正解はありません。気軽に試してみてください。

1)「どちらかというと、こっち」を選ぶ練習

「好き嫌い」や「やりたいかどうか」という問いは、感覚が薄れていると選びきれないこともあります。だから、白か黒かの判断をせず、「どちらかというと、こっち」というグレーゾーンの選択から始めましょう。

2つのものを比べて、「何となくこっち」という感覚が湧いたほうを選ぶ。選んだ理由はわからないままでいい。「何となく目に入った」で十分です。この「感覚を使って選ぶ」という体験そのものが、大切な練習になります。正しかったかどうかを問うのではなく、自分の感覚で選んだことを「いいこと」として、そのまま受け止めてみましょう。

2)「気になる」を記録する練習

「気になったこと」「目に止まったもの」「意識が向いているもの」を書き留めてみます。理由は考えなくてよいです。なぜ気になったのかを分析しなくてよいです。ただ、事実だけを記録しましょう。しばらく続けてから見返すと、自分の感覚がどこを向いているのかが少しずつわかってきます。飲食店ばかりを目で追っていることに気づいたなら、あなたは食べることへの関心が人一倍強いのかもしれません。

こうした小さな練習の積み重ねが、やがて「私はこういう人間なのかもしれない」という輪郭を、ゆっくりと浮かび上がらせていくのです。

5章 「自分」は、毎日の感覚の中に宿っている

「自分がわからない」という感覚は、1日で簡単に消えるものではありません。けれど、日々の小さな「これが好き」の積み重ねが、少しずつ明日の自分を変えていきます。

「自分という感覚」は、一気に完成するものではありません。今「何となくこっち」と感じていることが、3ヶ月後には「私はこういう傾向があるのかも」、1年後には「私はこういうのが好きなのかも」と、じわじわと発展していきます。

大切なのは、焦らないことです。霧の中を進むように、まずは目の前の小さなものから選んでみましょう。次第に、自分の感覚のまま選ぶことが「自分にとって良いこと」「心地よいこと」と感じられるようになってきます。

「自分」という感覚は、どこか遠くにあるものではありません。それは今あなたが感じている「好き嫌い」「心地よさ」「落ち着く感じ」の中に、すでに存在しています。

少しずつ、ゆっくりと。感覚を大切にすることで、「自分」の姿は必ず見えてきます。​​​​​​​​​​​​​​​​

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

山田 結子

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