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⬜︎目次⬜︎
こんにちは、山田結子です。
畑に行ったら、キャベツやブロッコリーに虫がついていました。取り除いてはみたものの、やはり虫がつきやすい作物。
農薬はなるべく使いたくないので、虫を自然に遠ざける方法を調べてみると、マリーゴールドを一緒に植えると一部の虫に忌避効果があるとわかり、さっそく植えてみました。
夫が子どもの頃、家庭菜園のとうもろこしを食べたら実の中に虫が入っていたという話を聞いて少し気持ちが揺らぎ、今回は天然成分の虫除け剤もあわせて使ってみることにしました。
さて、今回のテーマは「こうあるべき」の根っこを見直そうです。
「こうあるべき」には、本来すばらしい力がある
「こうあるべき」という思い、じつは悪いものではありません。

理想の自分に近づこうとするとき、役割に対して誠実であろうとするとき、この思いはとても大きな力になってくれます。「親としてこうあるべき」「仕事人としてこうあるべき」――自分の立ち位置や本来の役目が明確であれば、べき思考は行動に意味と方向性を与えてくれる、頼もしい羅針盤になるのです。
だから、べき思考を「悪いもの」と決めつける必要はありません。問題は、べき思考そのものではなく、その思いの「根っこ」にあります。
怖れが動機になると、べき思考が重荷になる
同じ「こうあるべき」でも、その動機によって、心への影響はまったく異なります。
「自分の役割を全うしたい」という意志からくるべき思考と、「失敗したらどうしよう」「嫌われたくない」という怖れや不安からくるべき思考では、心に与える重さがまるで違います。
怖れが動機になると、「こうあるべき」はどんどんエスカレートしていきます。ひとつクリアしても安心できず、さらに上のハードルを自分に課してしまう。少しでも足りないと激しく自分を責め、いつも何かに追い立てられているような感覚が続く。このように、怖れや不安に駆られて、本来の目的を見失ってしまうこと――これがここで言う「やりすぎ」の意味です。
「やりすぎ」のサインに気づく
怖れを動機にして動き続けると、心と体に少しずつ強い負荷がかかっていきます。リラックスすることも休むこともできなくなったりします。
「もっとできなければいけない」と自分を責め、少し批判されただけで極度に落ち込む。「どうせ完璧にできないなら、何もしない方がいい」――そんな考えが頭をよぎったことはありませんか。

これは、エネルギーを消耗しすぎているサインです。もし心当たりがあるなら、まず「自分は今、何かをやりすぎているのかもしれない」と気づくことが、回復への第一歩になります。
動機を少し書き換えてみる
自分の行動の動機を、少し振り返ってみましょう。
「やらないと怒られるから頑張る」「失敗が怖くて、必要以上に確認してしまう」――こういった発想から動いていることはありませんか。
その動機を、少し書き換えてみてください。「これは私にとって大切なことだからやる」「私が好きで選んだことだからやる」――この前提で考えてみると、気持ちや行動にどんな違いが生まれるでしょうか。動機がほんの少し変わるだけで、同じ行動でもずいぶん軽やかに感じられることがあります。
「怖れがなかったら」を問いかける
動機の違いが少し感じられてきたら、最近の行動を振り返ってみましょう。「やりすぎていたな」と思うもの、怖れが強く働いていたと感じるものを、ひとつ探してみてください。

そして、こう問いかけてみます。「もし怖れがなかったら、どのくらいが自分にとってちょうどよかっただろう?」
渦中にいるときには見えにくいことも、少し距離を置いて振り返ると、見えてくるものがあります。「やりすぎていた自分」を責めず、まずは気づいてみる。そして、自分にとってちょうどいいやり方を、少しずつ身につけていきましょう。
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