依存的な「好き」と健全な「好き」――その違いはどこにあるのか

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⬜︎目次⬜︎

  1. 健全な「好き」とは、自分軸を保ったまま心を動かされること
  2. 依存的な「好き」とは、空虚感を相手で埋めようとすること
  3. 依存的な「好き」が日常に及ぼす影響
  4. 違いを生んでいるのは「自分の価値をどこに置いているか」
  5. 健全な「好き」を育てていくために

アーティストなどのファンを思い浮かべてみましょう。

穏やかに、いつも変わらない調子で応援を続ける人がいます。一方で、中毒かと思うほど夢中になり、アーティストの一挙一動に感情を揺らされてしまう人もいます。

誰かを好きになるのは自然なことのはずですが、なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。

前者は「健全な好き」です。人を応援することそのもので心が満たされ、アーティストがどんな生き方をしていても尊敬の気持ちを持ち続けられます。好きな人と関わることで、自分も元気になれるのです。

後者は「依存的な好き」です。応援すればするほど、すり減って疲れていきます。アーティストと一体化したいという願望が強く、相手の生き方が理想と違えば裏切られた気持ちになります。

同じ「好き」という言葉でも、内側では異なる現象が起きています。どのような違いがあるのか、詳しく見ていきましょう。

健全な「好き」とは、自分軸を保ったまま心を動かされること

健全な「好き」は、相手の存在によって心が動かされ、励まされたり癒されたりしながらも、自分自身の価値はそこに依存していない状態です。

応援すること自体が喜びであり、相手がどんな選択をしても、自分の機嫌や自己評価が大きく揺らぐことはありません。「好きだから応援したい」というシンプルな気持ちが土台にあり、見返りを前提にしていないのも特徴です。

たとえ相手が方向転換したり、自分の前から離れていったりしても、寂しさを感じつつも温かい気持ちで見送ることができます。

これは、自分がある程度満たされていて、相手はそこに喜びを加えてくれる存在だからこそ可能になる関わり方です。応援する自分も、応援される相手も、それぞれ別の人生を生きているという感覚が、しっかりと根を張っているのです。

依存的な「好き」とは、空虚感を相手で埋めようとすること

これは推しに限らず、友人や恋人、夫婦など身近な関係でも起こりますが、「相手の返信が少し遅いだけで不安になる」「期待した言葉がないとモヤモヤする」――こうした感覚に心当たりはありませんか。

これは、相手の言動と自分の感情が直結してしまっている状態です。相手が思うように動いてくれないだけで、見捨てられたような寂しさや怒りが湧いてきます。

応援しているはずなのに、なぜか疲れる。満たされたはずなのに、すぐにまた物足りなくなる――そんな感覚が続くときは、好きという気持ちの奥に、満たされなかった子どもの頃の自分が隠れている可能性があります。

健全な「好き」が「与える喜び」を軸にしているのに対し、依存的な「好き」は「空虚感を埋めてもらうこと」を軸にしている、という違いがあるのです。

依存的な「好き」は、一時的には強い高揚感や安心感を与えてくれます。でも、その根っこにある「もっと見てほしかった」「もっと愛されたかった」という空虚感は埋まらないため、もっと近づきたい、もっと反応してほしいという欲求がエスカレートしやすくなります。満たされた気がしても長くは続かず、すぐにまた次の刺激を求めてしまう――この繰り返しが、依存的な「好き」の苦しさの正体です。

依存的な「好き」が日常に及ぼす影響

依存的な「好き」を抱えていると、好きな対象の反応によって日々の気分が大きく振れやすくなります。相手が望むように振る舞ってくれた日は高揚し、そうでない日は落ち込みや不安が強く出る――自分の心の安定が、外的要因に委ねられてしまうのです。

たとえば、いつも来ていた更新が来なかった、コメントへの反応がなかった、というだけのことで、一日中気分が沈んでしまう、ということも起こります。本来であれば自分の意思でコントロールできるはずの心の状態が、自分にはコントロールできない相手の行動に左右されてしまうのです。

また、好きな対象に重ねていた理想を、無意識に身近な人にも当てはめてしまうことがあります。「あの人ならこうしてくれるのに」という比較が生まれやすく、現実の相手の良さよりも欠けている部分に目が向いてしまい、身近な関係への不満が増えることもあります。

これは、好きな対象を通して理想化していた「満たされた感覚」を、現実の関係にもそのまま求めてしまうために起こる現象です。好きな対象は、現実の関係のように摩擦や調整を必要としない、いわば「理想だけを映し出すスクリーン」になりやすい。直接的な人間関係の調整が発生しないため、現実より理想化しやすく、現実の関係がどうしても見劣りしてしまうのです。

違いを生んでいるのは「自分の価値をどこに置いているか」

この二つの「好き」を分けているのは、好きの強さや熱量ではなく、「自分の価値をどこに置いているか」という一点です。

健全な「好き」を持つ人は、自分の価値を自分自身の中に置いたまま、相手から喜びをもらっています。依存的な「好き」を持つ人は、自分の価値を相手の反応や評価の中に置いてしまっているため、相手の状況がそのまま自分の自己評価のように感じられてしまうのです。

相手が褒められれば自分も誇らしくなり、相手が批判されれば自分まで攻撃されたように感じてしまう。これは、自分と相手の境界線がなくなり、いわば一体化してしまっている状態です。相手の幸せが自分の幸せの条件になってしまうと、自分の心の状態を自分でコントロールすることが、どんどん難しくなっていきます。

これは本人の意志の弱さや人格の問題ではなく、子どもの頃に「自分はそのままで愛される」という安心感を十分に得られなかった、いわゆるインナーチャイルドの傷つきが影響していることが少なくありません。

本当の自分には価値がないという思い込みがあるからこそ、誰か輝く存在と一つになることで、自分の存在価値を確認しようとしてしまうのです。これは本人にとって苦しい構造でありながら、なぜそんなに苦しいのか本人自身も気づきにくい、というところに難しさがあります。

健全な「好き」を育てていくために

依存的な「好き」に気づいたとき、大切なのは「もっと好きになるべきだ」「好きをやめるべきだ」と考えることではありません。その奥にある、満たされなかった気持ちに気づき、自分で少しずつ満たしていくことです。

具体的には、相手の反応に振り回されて気分が沈んだとき、「本当は何を求めていたのか」を自分に問いかけてみましょう。「認めてほしかった」という気持ちに気づけたら、それを相手に求める前に、まず自分で自分に注意を向けてあげる。一日の終わりに「今日、自分はよくやった」と心の中でつぶやくだけでも、その積み重ねが自分軸を育ててくれます。

誰かを好きになるたびに、自分自身とより深くつながっていけるような、そんな健やかな「好き」を育てていきたいものです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

山田 結子

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この記事を書いた人について

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「自分には価値がない」という思い込みを手放し、本来の自分を取り戻すサポートをしています。ヒーラー&リーダーの山田結子です。

インナーチャイルドの癒しに携わって約20年。ヒーリングとリーディングを組み合わせたセッションで、多くの方の「自分らしい生き方」への一歩をご一緒してきました。

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