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⬜︎目次⬜︎
「あの人のことが好き」――そう感じたとき、その気持ちは純粋な好意でしょうか。それとも、心のどこかにある「欠けた部分」を埋めるために、無意識に相手を求めているのでしょうか。
好きだから嫌われたくない。好きだから相手の機嫌が気になる。好きだから、少し距離があると不安になる。こうした感情は、愛情の深さの表れのように見えます。けれど実は、同じ「好き」という言葉の中に、まったく異なる感覚が隠れていることがあります。その違いに気づけるかどうかが、人間関係の苦しさを手放せるかどうかの、大きな分かれ道になるのです。
「好き」の中に、何が混ざっているのか
純粋な好意とは、相手の存在にまっすぐ向かう思いです。「一緒にいると楽しい」「あの人の考え方が尊敬できる」というように、矢印の先には、いつも相手がいます。
一方で、幼少期に愛された経験が少ないと感じている人ほど、「好き」という思いに別の役割を重ねてしまうことがあります。たとえば、「この関係が続いている=私は見捨てられていない」という安心の役割。「相手に必要とされている=私には価値がある」という価値証明としての役割です。つまり、相手を思う気持ちの中に、自分の存在価値の裏付けが混ざり込んでしまうのです。

これは、「自分は自分であるだけでいい」という感覚とは違い、「誰かに必要とされなければいけない」という、外側に向いた自己価値から生まれます。親からの愛情が条件付きだったり、嫉妬や介入によって愛情が不安定だったりすると、「相手との関係がうまくいっている時は自分に価値があり、うまくいかない時は自分に価値がない」――そんなふうに、相手との関係の状態と自分の価値を結びつけて考えるクセが、無意識のうちに身についていきます。褒められれば価値があると感じ、否定されれば価値がないと感じる――そんな一喜一憂を、子どもの頃から繰り返してきた人もいるかもしれません。
たとえば、誰かを好きになるたびに親から嫉妬され、意地悪をされたり、好きな相手の悪口を言われたりした経験を持つ人もいるでしょう。そうした経験が積み重なると、「誰かを好きになる=大切な人との関係が壊れる」という怖れが刻み込まれていきます。すると大人になってからも、恋愛や親密な関係の中で「好き」という気持ちが芽生えるたびに、理由のわからない罪悪感がわいたり、その気持ちを隠さなくてはという緊張感が生まれたりするのです。
欠乏感からの「好き」は、手放しにくい
「欠乏感を埋めるための好き」は、内側の不安や空虚感を一時的に埋め合わせる行動になりがちです。お腹は満腹なのに、なんとなく食べ続けてしまう感覚に近いかもしれません。食べることで満たされた気分になっても、根本的な欠乏感が癒えていなければ、しばらくするとまた同じ感覚が戻ってきます。
これが対人関係になると、どのように働くのでしょうか。
相手と繋がれているとき、認められているときは、一時的に「自分には価値がある」という感覚を得て安心できます。しかしそれは自己価値が育ったからではなく、外側から供給されているだけです。だからこそ、相手との関係がうまくいかなくなった途端、同じ欠乏感が押し寄せてきます。
そのような関係の中にいると、相手の気分に一喜一憂し、支配されているような感覚に陥りやすくなります。頭では健全な状態ではないとわかっていても、欠乏感が満たされないままになる危機感の方が先に立ち、関係を手放せなくなってしまうのです。関係から離れようとすると、まるで自分の存在ごと否定されるような恐怖が湧いてきて、身動きが取れなくなることもあります。
体は、心よりも正直に教えてくれる
「あの人を愛しているからだ」――そう説明して片づけてしまうこともできます。けれど、体の反応をよく観察すると、その違いがはっきり見えてくることがあります。

純粋な好意を感じているとき、体には安心・安全のサインが出やすい傾向があります。一緒にいて心が弾むことがあっても、そこにあるのはワクワクや楽しさの感覚です。緊張で息を詰めるのではなく、自然に呼吸ができ、肩の力も抜けやすい状態です。
一方、欠乏感が混ざっているものは、同じように心が動いても、その感覚の質がまったく異なります。胸が締めつけられる、みぞおちがザワザワする、相手のことを考えると不安や焦りが出てくる――これは「失うかもしれない」「見捨てられるかもしれない」という怖れを伴う興奮で、緊張や警戒のサインが優位になっている状態です。
頭では単純に「好き」と理解していても、この感覚の「質」は誤魔化しにくいものです。ワクワクした高まりなのか、不安や怖れを伴う高まりなのか――そこに違いを見分けるヒントがあります。今、誰かを思い浮かべながら、胸のあたりに意識を向けてみてください。
見分けることが、なぜそんなに大切なのか
この違いを見分けることが重要なのは、対処すべき方向がまったく異なるからです。
純粋な好意を「執着かもしれない」「依存しているかもしれない」と捉えてしまうと、自然な愛情表現を押さえ込もうとしてしまいます。この場合は、愛情が湧いてくることを、そのまま良いことだと受け止めるほうがよいでしょう。
逆に、欠乏感から求めている愛情を「本物の愛情」だと思い込んでしまうと、関係に対して過剰な力をかける方向に向かいやすくなります。相手に尽くしすぎたり、のめり込んだり、愛情を得るための行動ばかりが増えていったりします。欠乏感が大きいほど、相手との関係に頑張りすぎてしまうものなのです。
問題は、相手との関係にあるのではなく、自分の中の欠乏感にあります。欠乏感を満たさないまま関係にエネルギーを注いでも、根本的な改善にはつながりません。この見分けができないと、もっと夢中になっていいのか、少し抑えたほうがいいのか、判断がつかなくなってしまいます。
関係を変えるより、自分を満たす
欠乏感からの「好き」に気づいたとき、次にすべきなのは「関係を改善しようとする」ことではありません。自分の内側にある欠乏感に意識を向け、自己価値を育てていくことです。欠乏感が多少混ざっているのは自然なことなので、少しずつ純粋な好意の割合を増やしていくことを目指しましょう。
いつも誰かを失うのではないかという怖れから人と関わるのではなく、一緒にいると楽しいという温かい「好き」が増えていけば、人生の質はきっと変わっていきます。

今日は誰かのことを思い出しながら、体の感覚をチェックしてみましょう。埋め合わせの愛だと気づいたからといって、それが間違いというわけではありません。その関係をもっと良いものにしていくためのきっかけになれば幸いです。
欠乏感からの「好き」を手放し、本当の「好き」を増やしていきましょう。その積み重ねが、誰と一緒にいても自分らしく生きられる土台になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
山田 結子
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この記事を書いた人について
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「自分には価値がない」という思い込みを手放し、本来の自分を取り戻すサポートをしています。ヒーラー&リーダーの山田結子です。
インナーチャイルドの癒しに携わって約20年。ヒーリングとリーディングを組み合わせたセッションで、多くの方の「自分らしい生き方」への一歩をご一緒してきました。
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