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⬜︎目次⬜︎
- 「見たくない」は、あなたが頑張ってきた証
- 見たくない理由は、「安全ではなかった記憶」にあるかもしれません
- 無理に見なくていい。気づくだけで、もう一歩進んでいる
- 視界の端から見るだけで十分。それだけで、あなたはもう変わっている
イライラした自分。人を羨む自分。弱音を吐いている自分。そういう自分を見た時、思わず目を背けたくなる。「見たくない」「なかったことにしたい」ーーそう感じるのは、決しておかしなことではありません。むしろ、多くの人が心のどこかで抱えている、とても自然な反応です。
自己啓発としては、よく「ネガティブな部分を受け入れましょう」と言います。でも、「そう言われても、見たくないものは見たくない」というのが本音かもしれません。無理に受け入れようとすると、苦しくなってしまう方もいると思います。今回は、その「見たくない」という気持ちとどう向き合うのかを見ていきましょう。
先に結論からお伝えすると、ネガティブな部分を見られるかどうかと、あなたの価値は関係ありません。それを心のどこかに置きながら、読み進めてみてください。
「見たくない」は、あなたが頑張ってきた証
「見たくない」という気持ちを、自分を甘やかそうとしている、逃げようとしていると捉えてしまっているなら、それは自分を責めすぎているかもしれません。
見たくない気持ちは、自分の内側や日々の暮らしを、整った状態にしようとした結果かもしれないのです。ネガティブな部分は、その秩序を崩しかねない存在だからこそ、見ることが怖く感じられるのです。
例えば、感情が乱れることを極端に避けてきた人は、自分の中の激しい感情やどうしようもない嫉妬に気づいた時、ショックを受けるかもしれません。それは、その人がこれまで心を穏やかに保つことに、力を注いできたことの裏返しなのです。「見たくない」という反応の強さは、これまで自分がどれだけ、バランスを取ろうとして守ってきたかの表れなのです。

同じように、「その場の空気は乱してはいけない」「人間関係は、波風立てずに保たなければ」と思って生きてきた人ほど、自分の中にある苛立ちや本音をぶつけたい衝動に気付いた時、拒否反応が強く出やすいのです。これも、責めるべきことではなく、それだけ周りとの関係に意識を向け続けてきたことがわかるのです。
つまり、「見たくない」という反応が強いほど、これまで何らかの形で「秩序を保つ」「バランスを取ろうとする」努力を重ねてきているのです。それを自覚し、自分が何に対して頑張ってきたのかに気づくことが、最初の一歩になります。
見たくない理由は、「安全ではなかった記憶」にあるかもしれません
なぜ、そこまで見たくないと感じるのか。過去に一度、その部分を誰かに見せて、痛い思いをした経験があるかもしれません。子どもの頃、素直な感情を出した時に、否定されたり、がっかりされたりした記憶があると、「これを見せると、よくないことが起きる」という学習が心に残ります。
大人になった今、その相手がもう周りにいなくても、心の反応が残り続けてしまうのです。だから、今は誰にも見られていないはずなのに、自分の「見たくない部分」を知ることが、危険なことのように感じてしまう。これは、あなたが弱いということではなく、一度痛みを感じた経験が、今も機能しているだけなのです。
また、親から強く介入される機会が多かった場合、「ありのままの自分」を見せることが、そもそも安全ではなかった、という記憶が残っている場合もあります。良い部分だけを見せて、それ以外は隠す。そうしないと、関係が保てなかった。そんな環境で育つと、大人になっても、自分の一部を隠す習慣が、そのまま続いてしまうのです。
夫婦関係でも、似たようなことが起こる場合があります。本当は不満や違和感があるのに、それを見せると関係がギクシャクするかもしれないと感じて、丸く収めてしまう。その癖が積み重なると、パートナーに対してだけでなく、自分自身の本音を知ることも怖くなっていきます。関係が表面的になっていくのは、あなたが冷たいからではなく、本音を出す場所を、心のどこかで安全だと感じられずにいるからかもしれません。
無理に見なくていい。気づくだけで、もう一歩進んでいる
こういう話をすると、「頑張って見なきゃいけない」と、義務のように感じてしまうかもしれません。しかし、見たくないものを無理にこじ開けて見ると、かえって自己否定感が強くなってしまうことがあります。だから、無理に見ることがいいとは言えません。
大切なのは、いきなり事実を確認しようと目指すのではなく、「自分の中には見たくないものがある」「自分の一部を見ることができないでいる」というのを自覚することなのです。これは、確実に進んだ一歩です。

「見なきゃいけないのに、見られない自分はダメだ」と、二重に自分を責めてしまう人も多いので、気をつけたいところです。見たくないという気持ちには、それだけの理由があります。理由もなく、ただ怠けているわけではないのです。
まずは気づいて自覚すること。その事実をしっかり受け止めることで、初めて次のステップに進めるのです。
視界の端から見るだけで十分。それだけで、あなたはもう変わっている
事実を受け止めることができたら、ほんの少し「ちらり」と見てみるようにしてみましょう。まだ、正面から向き合おうとしなくて大丈夫です。
例えば、「さっき、イライラしていたのかもしれない」と、心の中でつぶやいてみる。それに対して、「それはダメなこと」「自分は悪い人間かもしれない」と思わなくてよいのです。できるだけ、「イライラしていた」という事実だけを意識してみて、評価は横に置いておきましょう。
途中で「無理だ」と感じたら、そこまででやめましょう。無理に進める必要はありません。今日はちら見だけ、今日は全体をぼんやり眺めるだけ、というように、自分のペースで少しずつ進めてみましょう。怖れや不安が強い時は、無理せずに休んでよいのです。
読書や旅行をする中で、心を静かにできる時間が取れるなら、ふと浮かんできた気持ちに耳を傾けてみるのもいいでしょう。特別な場所や道具は必要ありません。自分の気持ちを知ろうとする時間を、少しだけ作ってみるだけで十分です。

ここで、ひとつだけ覚えておいてほしいことがあります。そうやって少しずつ見えてきたものが、たとえどんなに未熟で、みっともなく感じられるものだったとしても、それがあなたの価値を下げることはない、ということです。
私たちはつい、「こういう自分でなければ、価値がなくなるのではないか」という前提を、無意識に持ってしまいます。だから、イライラしている自分や、人を羨む自分を見つけると、まるでそれが自分の価値を証明する材料であるかのように感じて、怖くなってしまうのです。でも、本当はそうではありません。ネガティブな部分を見られるかどうかも、そこで何を見つけたかも、あなたという人間の価値とは、もともと関係のない話なのです。
あなたがどんな聖人君子であっても、悪い人間であったとしても、ダメな人間であったとしても、それは「あなたの一部」でしかありません。それを知ったからといって、突然、今まで積み上げてきたものが崩壊するということはないのです。むしろ、あなたが長い間見ないようにしてきたその部分こそ、あなたにとって重要な、忘れられていた一部なのかもしれません。
焦らず、少しずつ。今日、視界の端に映ったものがあれば、それだけで十分な一歩です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
山田 結子
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この記事を書いた人について
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「自分には価値がない」という思い込みを手放し、本来の自分を取り戻すサポートをしています。ヒーラー&リーダーの山田結子です。
インナーチャイルドの癒しに携わって約20年。ヒーリングとリーディングを組み合わせたセッションで、多くの方の「自分らしい生き方」への一歩をご一緒してきました。
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