⬜︎最新の記事⬜︎ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⬜︎目次⬜︎
- 予測できないことに“身構える”のが、人を疲れさせる
- 「これは意味があるのか」というジャッジに気づいた瞬間
- 意味のジャッジを手放すと、関係も変わるかもしれない
- 下りる感覚を鍛えることは、“丁寧に扱う力”を鍛えること
先日、富山(とみさん)に行ってきました。北峰349m、南峰342mの双耳峰で、片道1時間15分程度のハイキングコース。ロープで登る箇所や、山道が細くなっている箇所もあり、想像していたよりもアスレチック感のある山でした。不安定な足場を歩きながら、怖さを感じる場面も何度かありました。伏姫ノ籠窟前を通るコースから登りましたが、かなり険しいコースでした。下りは福満寺側のコースを選びました。距離自体はそれほど長くないので、体の使い方を意識しながら進みました。
この山を選んだのは、「下りる感覚」を鍛えたかったからです。今まではケーブルカーなどを使うことが多く、下りをしっかり歩いた経験があまりありませんでした。以前山登りをしたときの感覚からすると、上りよりも下りの方が難しく感じていたのです。それは体力の問題というより、下りの方がより丁寧な判断力を求められると思っていたからです。

行きはほとんど人とすれ違わず、静かな山の中、川のせせらぎだけを耳にしながら歩く時間でした。まるで何かの修行のようで、自分の心と向き合うには、ちょうどいい雰囲気だったように思います。忙しい日常では浮かんでこないようなことが、静かに歩いていると、ふっと浮かんでくるものです。
ちなみにこの山は、里見八犬伝の舞台にもなった山です。伏姫が八房という犬と暮らした洞窟がある場所と聞き、少し不思議な気持ちで歩きました。
予測できないことに“身構える”のが、人を疲れさせる
この山道は、いろいろな表情を持つ道でした。岩が出ている場所、段差のある階段、コンクリートの傾斜面。バリエーションに富んでいて、決して高い山ではないのに、まったく飽きませんでした。予測できない展開に、驚かされることもありました。ロープを使わないと登れない箇所や、足を置くのがやっとの細い道を歩くうちに、無意識に色々な物事を予測しながら生きている分、山道でもつい身構えてしまうのだと気づきました。
中でも一番疲れたのは、階段です。段差のある階段をずっと下っていると、膝が疲れてきて、上げるのが億劫になってきます。しかも階段の高さは一定ではなく、幅もバラバラで、一段一段どれくらいの衝撃がくるのか、まったく予測がつきません。落ち葉に隠れた石にうっかり足を下ろし、痛みが走る場面もありました。ちょっとした段差でも、油断できないコースでした。
歩きながら、この感覚は仕事のときの感覚に似ているなと思いました。次にどう展開するか予想できないとき、相手が何を考えているのかまだつかめないとき、私たちは無意識に身構えて、衝撃に備えようとします。会話のあいだ、相手の顔色や言葉に意識を向けて、次の展開を予測しようとする。そうやって常に神経を張っていると、知らないうちに疲れが溜まっていくのかもしれません。
つまり私たちを疲れさせているのは、出来事そのものよりも、「予測できないものに、身構え続けること」なのだと思います。予測を手放し、来たものをその都度シンプルに受け止める。そのほうが、実は消耗が少ないのかもしれません。予測しようとするほど、少しの誤差にも心が大きく揺れてしまうものです。
「これは意味があるのか」というジャッジに気づいた瞬間
下りながら、もうひとつ気づいたことがありました。山歩きの前日、実家から電話がありました。お中元のお礼の電話です。
そのとき弟と話しましたが、正直、どうでもいいと感じるような内容がほとんどでした。心の内側の話を積極的にすることはありません。それでも私は、相手が話していることを最後まで聞くようにしています。その日の話題は、実家の近所の橋の工事についてでした。

正直、この話に意味があるのかなと思いながら聞いていました。けれど、弟が話し終えたときにスッキリした様子だったのを見て、遮らずに聞いてよかったなと思いました。
「この話に意味があるのか」と、無意識に評価しながら物事を聞いていると、それ自体が疲労感になっていくのだと思います。相手の話や物事の「価値」を、自分の物差しで判定しようとしない方がいい。そう思うと、少し肩の力が抜けました。
意味のジャッジを手放すと、関係も変わるかもしれない
自分にとって意味があるかわからないことでも、相手にとっては意味があることがあります。この視点は、人間関係のストレスを軽くしてくれます。
つい、未知への不安から展開を予想して安心しようとしたり、相手の話にどんな意味があるのかを考えすぎたり、色々な気持ちが働いてしまいがちですが、本当は相手の話をただ聞くという立ち位置をとる方がいいのだと思います。
しかし家族との会話では、昔からの癖や習慣に振り回されて、なかなかうまくいかないこともあります。
今回、家族との会話は意識しておかないと、昔の癖が出やすいのだと気づきました。相手の話を聞きながらも、どこかでチェックするように聞いてしまう。意味がないと思える話にも、これは何かとつながっているのではないかと考えてしまうのです。
家族との会話ももっと丁寧に扱うことで、関係性はこれからでも十分に変えていけるかもしれません。そんな希望も感じました。今度、食事をする機会があれば、いつもと違う感覚で向き合ってみたいなと思いました。
下りる感覚を鍛えることは、“丁寧に扱う力”を鍛えること
山道の下りは、時間としては短いものですが、慣れていないと足に思わぬダメージを与えることがあります。できるだけ丁寧に足運びを選ぶことで、安全に下りられるのだと思います。階段の淵まで体を移動させてからゆっくり下りる、できるだけ小股で歩く。そうした小さな工夫が支えになります。
目の前の出来事も、普段からジャッジせずにひとつひとつ丁寧に扱うといいのかもしれません。そのマインドは、仕事や人間関係だけでなく、自分自身との付き合い方にも、静かに生きてくるように思います。

意味を評価することをやめて、ただそこにあるものを丁寧に扱う。その積み重ねが、本当の自分を好きになっていく道につながっているのだと、今回の山歩きで感じました。
不安定な足場の上でも、一段ずつ丁寧に足を下ろしていけば、無事にたどり着けます。人間関係も、自分自身との関係も、丁寧さを高めていくことで、これまでとは違う結果が得られるのかもしれません。
焦って駆け下りようとすると、小さな違和感を見過ごしてしまうかもしれません。だからこそ、一歩ずつ確かめるように進んでいく。その先に、ありのままの自分を好きになれる景色が、静かに広がっているのだと思います。
⬜︎前の記事⬜︎
⬜︎次の記事⬜︎
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この記事を書いた人について
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「自分には価値がない」という思い込みを手放し、本来の自分を取り戻すサポートをしています。ヒーラー&リーダーの山田結子です。
インナーチャイルドの癒しに携わって約20年。ヒーリングとリーディングを組み合わせたセッションで、多くの方の「自分らしい生き方」への一歩をご一緒してきました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もっと深く知りたい方へ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
メルマガでは、自分らしく生きるための考え方や、インナーチャイルドを癒すヒントを定期的にお届けしています。登録後は「本当の自分を取り戻す5つのステップ」(全5回)が順番に届きます。読むだけで大丈夫です。あなたのペースで受け取ってください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
⬜︎カテゴリ⬜︎
⬜︎最新の記事⬜︎




コメントを残す